コラム
8月コラム
連日猛暑の日々が続いております。今年の夏は気候もさることながら、オリンピックに熱くなる毎日です。
先日とあるところで、同じ時期に市長であられた松浦前防府市長と、木村前周南市長のお二人に偶然お会いしました。お二人ともお元気で、お会いするのは何年振りかと思います。
かつてお互いの市政を思い、白熱した会議を何度も繰り返したものです。時は過ぎて三人とも今は現職ではありませんが、あの時代を共に過ごし、お互いが夢を追い、市の責任を担い、認め合っていたあの関係は私にとって何物にも代えがたいものでした。お互いがお互いの責任の重さを共感できていたからだと思います。
私たちの人生はまだまだ続きます。あのころの経験を心に、前を向いて歩かれているお二人に思わず、にやりと頬が緩みました。
私もまっすぐに歩こう、そう思わせる心地よい一日でした。
村田 弘司
7月コラム
美しい青田の風景に、容赦なく降り注ぐ陽射しが季節を忘れたかのような毎日です。
小さな生物が大好きな私にとってカラカラな天気は、いささか小さな者たちが気がかりになる毎日です。
私は宇宙や歴史が大好きです。愛読書は科学雑誌 NEWTON、司馬遼太郎の歴史小説です。壮大な宇宙にロマンを馳せ、刻まれた人類の歴史を紐解くと、自分も小さき者たちのような気がして命を意識します。全ては宇宙の誕生から始まり、人類は歴史を作り、令和の時代に我々は生きています。命が尽きるまで、私は私の道を一生懸命生き、オンリーワンの歴史を刻んでいこうと思います。
小さきものを意識し、共に頑張りましょう。
村田弘司
6月のコラム
梅雨入りが例年より早く訪れました。今年はひとしきり雨が降り、ぱっと晴れるといった感じの梅雨のような気がします。我が家の周りの田園風景も、田植えが終わり整然と植えられた苗たちに、強い生命力を感じ、やがてくる秋の実りに思いを馳せています。
我が家の客間に一期一会とある書が飾ってあります。これを見るたびに、これは素敵な言葉だと感じます。私はありがたいことに、半世紀以上生かされています。これまで様々な方にお会いしましたが、いつもこの言葉を思い出します。たった一度でも会話を楽しんで心通わせたり、長く職場にいて同じ志に勇気をもらったり、ご近所様だったり、出会いは私を豊かに育んでくれます。市長時代、美祢市が台湾に基礎自治体で初めて事務所を開設できたことも、この一期一会から実現できました。出会いに感謝です。
出会いをよいものにしましょう。それは自分自身が握っていると思っています。時として最悪な出会いもありますが、それも私の人生を楽しむアイテムなのかもしれません。人生は出会いの連続です。
楽しみましょう!
人間のコミュニケーション能力を大いに活用しましょう!
コロナの収束を祈りながら考えます。
村田 弘司
5月のコラム
新緑が目に鮮やかな季節となりました。我が家も緑でいっぱいです。中でも倉庫に這っているツタは、ずいぶん昔からあり、我が家の移り変わり、様々な出来事を常に見つめてくれております。こうしてみると、自然の空間を私たちが間借りしてるのかもしれません。
私は町にはトーンがあると思っております。わが美祢市は若草色に白い大理石のイメージでしょうか。美しいトーンのこの町をおおらかな広い心で生きることが私の理想とするところです。
人生は光と影です。人生の光を喜び、影を怖がらず、少年の心を常に携え、たおやかに生きたいものです。
新緑の今、ふと心に思う今日この頃です。
村田 弘司
3月のコラム
ガシ、ガッシ・・・・・・私はウエイト管理のため、夕方のひと時にウォーキングを楽しんでいます。生まれながらの蟹股ではありますが、約30分間自然と戯れております。
私の住む美祢市の於福地区は、かつて炭鉱で栄えたものです。にぎやかな商店、遊戯施設、料亭、旅館、石工場、目を閉じると子供のころの光景が目に浮かびます。
このころ感じた大きなうねるような波動は、幼かった私だったから感じていたのでしょうか?いいえ、世は戦後の高度成長期、世の中は自分の力で変えられると信じておりました。皆が夢と希望を持っておりました。
今、於福地区で考えると、平成20年に約1,900人の人口が900人に減少しております。10年で1/2以下です。私の家の周りも空き家が目立ちます。政府が発表した2040年消滅可能性都市の人口減少率よりも速度が加速しているようです。
コロナ禍の中考えます。都会ではコロナで失業し、住まいも失った若い方が途方に暮れています。一方、地方では若い労働力を失い、荒れ果てた田畑、多くの空き家問題を抱えています。お互い求めるものがそこにあるのに・・・・・・
ピンチはチャンスなどと手を叩いただけでは、この両者は出会えません。ツールを作るのです。若い方々に夢と希望を与えられるのは、私たちのはずです。
頑張りましょう!
村田弘司

